32歳の恋

「同棲をしたい」と言い続けていた友達が、恋愛の話をするには最適であるとなんとなく思っていた。私たちは32歳で、絶妙なセンスとそれなりのお給料で楽しく過ごしている独身の女たちだった。1月で最も楽しみなことはRina Sawayamaのライブで、5月には福岡でサーフィンをする予定もあった。

私が思い立ったのは21歳の女の子がアプリでデートしている相手と「付き合っているかもしれない」と言い出したときだった。年末に出会った子と年始に付き合うなんて、そんな大学生みたいな、と思いながら、今まで一番所在ないお正月を過ごした私はとても焦っていた。

その手でアプリをインストールして、5年ぶりにログインした画面に「32歳」と表示されることに慄きつつも、プロフィールを完成させておそるおそるスワイプを始めた。深夜3時になるころには1人くらいにメッセージを送っていたと思う。倒れるように寝て、翌朝100件ものいいねが来ていることに安堵して恋をはじめることにした。

 

私の1人目のデートが決まったとき、友達は「青田刈りに出る」と勇ましく言い、金曜日の飲み会に向けて心を整えていた。どちらかと言うと待ちの多い、パッシブな友達からの意外な言葉に驚きつつも、数年ぶりにやってきた恋愛モードの楽しさがいっそう勝っていた。

1人目との1回目のデートは思ったよりもスムーズにいき、1回目にして5時間の時をともに過ごしていた。その後土曜日に2回目のデートが決まったのだけれど、友達に言うには早いかなあと思ってそのままにしていた。

そして金曜日。20:00まで続くクライアント対応とその後の始末に追われ、疲れながらLINEを開くと「ねえやばい」というメッセージ。本当に金曜日の飲み会で男の子と出会ったらしく、しかも「明日デートにいくことになったかも」とのこと。私たち、出だし好調。

 

土曜日はあいにくの雨で、私は渋谷に向かって歩いていた。ランチをしてお散歩をしてコーヒーをして、と瞬く間にまた6時間が過ぎていた。彼の経歴や性格、まわりにいる友達のこともだんだんわかってきて、とても話しやすい人だなあと感じていた。

夕方、彼のコワーキングスペースが近いとのことで、コンビニでスナックを買って覗いてみることにした。ちょっと仕事でチェックしないことがいけないこともあり、私は一息つきながらおしゃれな会議室で肉まんを食べていた。彼は、私をみて「とても素敵な人だなって思う」と言ってきた。そして、間髪入れず「付き合わない?」と。

後から見ると私のfitbitは当時の心拍数が180に達していたことを教えてくれた。まだ恋愛モードがフル回転していない私は、キャリアがあって人付きあいが上手でかっこいい男の子が、自分のことを好きになった瞬間が一体どこなのか皆目見当がつかなかった。

その日はうんともすんとも言えず「これからも仲良くしてね」という曖昧なことを言い、家に帰ることにした。どうやら楽しい1日を過ごしたらしい友達が帰ってきたのは夜遅くで、そこから電話してお互いの1日を語った。語っているうちに、いつもの自己肯定感がもどってきて「私たちいい女だもんね」というところで心が落ち着いた。

翌朝起きたときには恋愛モードも板につき、すっかり浮かれた私は友達に携帯小説を送りつけていた。

ーーー2023年の冬、私たちは自分らしくいられる男性に出会えた!!って思ってたんだ。今思えば、あのときはしゃいでたのも良い思い出。

 

平日はお互いのことでキャッキャするLINEが続いた。次は29日にデートが決まったんだと話す友達、自分のことを好きな人から優しい言葉をもらった私、会社で友達の友達から「◯◯君、気になってるみたいだよ」ってslackもらった友達、木曜日にご飯にいくことにした私、永遠に楽しいことが続いて、日夜ずっと高校生のように連絡をとりあっていた。

土曜日に告白されて、次の木曜日が来るまでが永遠のように感じた。はしゃぐってこういうことだよな、というくらいにはしゃいでいて、日中も笑みが溢れるようだった。お互いの恋路がうまくいきすぎるあまり「爆速引き寄せの法則」だとか、恋愛YouTuberだったらつくであろうクソコメのモノマネをして過ごした。

 

そして木曜日、23時50分の電車を待つ私は、凍える1月の代々木八幡駅のエレベーターの中から友達に電話をかけていた。たった10分でもいいから話したくて。私の20代は、この人とずっといられたらと思う相手と、引越しや留学ですれ違い続けてきた。そして、数年ぶりにそんな人が現れて、言うのだ。「キャリアで成功を収めたから、これからはパートナーや家族に対して向き合っていきたい。そんな旅路を一緒に進むパートナーをずっと探していて、見つけたと思ったんだ」と。こんな世紀の大告白を受けない理由がなかった。例え出会って9日しか経ってなかったとしても、そんなことは関係なかった。

 

Rina Sawayamaのコンサートは金曜日の夜に有明であった。久々に声を出せるライブに来て、踊って歌って本当に楽しい時間を過ごした。終わってから私に起きた体験を話し、週末に迫った友達の2回目のデートを前に、友達に届く甘えたLINEを見てもうひと騒ぎした。

日曜日を彼と過ごしていた私のもとに、「好きって言われた」という連絡がきたのは日をまたいだ深夜だった。「付き合ってくださいじゃないんだ?」と聞くと、その男の子は友達がゆっくりと始めたいことまで理解して、その夜は好意だけ伝えたようだった。相手のペースに合わせられて、選択肢を与えることのできる彼の優しさとかっこよさの響くエピソードだなと感じた。私の話ではないから深くは書けないけれど、彼女にも今までの経験からの葛藤があって、その男の子は、それを打ち明けてなお一緒にいたいと言ってくれる人だった。

 

そうして私と友達、双方に彼氏ができて、32歳の1月は幕を閉じた。

 

32歳の恋は、非常に腰の重いものだった。「いつかはじめる」と言いながらビールを飲むのが楽しいから、はじめること自体に気をかけることはなかった。持ち合わせている経験で出会った人を値踏みして、勢いにときめくこともなかった。けれど、実際はじめてみると、毎日めくるめく展開に胸を躍らせて、次から次へと生まれる新しいシナリオに心の底から喜びはしゃぎ、予想をはるかに上回る時間を過ごすことになった。32歳になってもこんなに楽しい思いができる私は幸せだし、楽しみを2倍にしてくれた友達にも感謝している。そして、私たちの人生に新しく加わった人といっそう豊かな時間を過ごせていけたらなと思う。